TOPページINDEXへイベントTOPページ2008年イベント紹介 >「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」展覧会レポート

渋谷・東急本店横(JR渋谷駅徒歩7分)
英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」
John Everett Millais in Bunkamura ザ・ミュージアム


<ジョン・エヴァレット・ミレイ展 開催の宣伝チラシより>
Bunkamura ザ・ミュージアム http://www.bunkamura.co.jp/museum/ 2008年8月30日 〜 10月26日まで
入場料: 大人1400円 大学・高校生: 1000円 中学・小学生: 700円

 英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠、ジョン・エヴァレット・ミレイの作品展覧会が渋谷Bunkamuraのザ・ミュージアムにて開催されました。

 19世紀のヴィクトリア王朝時代の英国において、最も成功した画家の一人であったミレイですが、ラフェエル前派の画家としてあまりにも有名で、ミレイが生涯をかけて描いた作品としての展覧会は、1898年ロイヤル・アカデミーで開催された回顧展以来、今回のミレイ展が2度目、前回から100年以上経過してようやく実現した展覧会。

 さて、どういう偶然かはわかりませんが、渋谷Bunkamuraのサイトを見た際この展覧会のことを知りました。

 「ミレイの『オフィーリア』が渋谷で見られる?!」

 私の胸はそれだけで浮き足立ちました。「しかし、『オフィーリア』は英国テート・ブリテンの永久保管版、日本にその貴重な作品がやってくるはずがない。これは何かの間違いだ」と、何度も何度もサイトをチェックし、そして開催日の日付と年号をチェックし、それでもやはりミレイの『オフィーリア』だった。『落ち葉拾い』のミレーではなく。

 私が何故ミレイの『オフィーリア』にそこまで惹かれるかというと、、、、

 1886年3月7日 ビアトリクス・ポターの日記より
 
 「The public seem to have confirmed The Huguenot as first favourite, but to me it seems eclipsed by its neighbour Ophelia, the most exquisite work in the collection, and probably one of the most marvellous pictures in the world.

 人々は最初に好きになる作品として「The Huguenot」を選びましたが、私にとってそれらをしのぐ作品は、隣人でもある(ミレイの作品)「オフィーリア」だ。作品集の中でももっとも見事な作品で、おそらく世界でもっとも素晴らしい作品のひとつだろう。


*「The Huguenot(ユグノー〈サン・パルテルミ祭の日に、ローマン・カトリック教徒を装って身を守ることを拒絶するあるユグノー教徒〉)」 ジョン・エヴァレット・ミレイ作 1851−52年、メイキンズ・コレクションより 参照「John Everett Millais図録」より(後、図録と掲載)

 ビアトリクス・ポターのファンにとっては、ミレイの『オフィーリア』はビアトリクス・ポターを語るうえで必ずといっていいほど登場する作品で、ビアトリクスが「世界でもっとも素晴らしい作品のひとつ」としたその作品を、日本で目の前にして見れるというから、もう浮き足立つのも無理もないというもの。

 そして作品を目の当たりにして、絵画を鑑賞する素養を持たない私にとって、ただただ「素晴らしい」のひと言しか書けませんが、他を圧倒する迫力で私たち見るものを魅了し、そしてオフィーリアの表情、仕草に心が奪われました。

 私のつたない感想よりも、幼い頃より父ルパート・ポターに連れられ、芸術作品を鑑賞していたビアトリクス・ポターが日記に残した感想をぜひご覧ください。

 同じく 1886年3月7日 ビアトリクス・ポターの日記より

 「I think the chief cause of the peculiarity of the pre-Raphaelite pictures, taking the Ophelia and Ferdinand as striking examples, is their having hardly any shadow.

 ラファエル前派の主な特徴をあげるとしたら、「オフィーリア」や「フェルディナンド」など特にわかりやすい例として、影を少しも描かないことだと思う。

 The only singularity which I can discover and think questionable, is the before mentioned absence of shadow with which is allied, in confusion beyond my understanding, the question of focus, or perhaps focus is the real essence of pre-Raphaelite art, as is practised by Millais.

 ミレイが実践しているように、対象に徹底的に焦点をしぼることこそ、ラファエル前派の絵画の本質だと思う。

 Everything in focus at once, which though natural in the different planes of the picture, produces on the whole a different impression from that which we receive from nature.

 ひと目見るなりすべての焦点が合うというのは、自然ではあっても、現実に私たちが自然から受けるのとは、全体的に異なる印象を与えるのだ。


 *「Ferdinand Lured by Ariel(エーリエルに誘惑されるフェルディナンド)」 ジョン・エヴァレット・ミレイ作 1849−50年、メイキンズ・コレクションより 図録より

 何よりも素晴らしいのは、ビアトリクス・ポターが見て感銘を受けた同じ作品を、自分も同じように見ることができ、そして作品が完成した後150年以上が経過した現代においても、同じように多くの人々が集い感銘を受けているであろうその事実です。実際に『オフィーリア』の前は常に人だかりができ、熱心に鑑賞されていましたから。

 さて、この『オフィーリア』については、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」に登場する悲劇のヒロイン、オフィーリアが描かれた作品です。詳しい説明は、会場で配布されているミレイ展作品展示リストの裏に書かれています。

 『オフィーリア』をめぐって・・・
 ・『オフィーリア』に描かれた植物と花言葉
 ・夏目漱石の「草枕」で語られた『オフィーリア』
 ・『オフィーリア』のモデル エリザベス・エレナ・シダル

 また、会場出口で配布されている、朝日新聞 別刷り特集「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」の2面には、「オフィーリア、美しいままに」と題して、ミレイが背景に選んだ場所、ホッグスミル川(ロンドン郊外 サービトンのユーウェルHogsmill River, Surbiton, Ewell)の写真などが掲載されています。

 さらに、ビアトリクス・ポターファンとして、どうしても紹介したい冊子があります。
 
 「美術の窓」 2002年10月号 No.229
 巻頭特集 ピーターラビットの秘密 P13-39

 P34-42「ピーターラビットの不思議 〜その魅力の秘密〜」 村松和明(ヤスハル)氏(当事、おかざき世界子ども美術博物館学芸員)の特集の内、P38-39に「J.E.ミレイの〈オフィーリア〉」というコラムがあります。

 このコラムをぜひ読んでいただいた後で、実際に『オフィーリア』を目にすると、その見所がさらにアップされることは間違いありません。

 その内容はここに書くわけにはまいりませんので、もしお持ちになっている方はそのページを開いてご覧ください。少しだけ書き加えさせていただくのをお許しいただくならば、『オフィーリア』に描かれているコマドリ(作品左端の枝にとまっています)について、図像として描かれたコマドリの意味、そしてビアトリクス・ポターの作品に描かれているコマドリとの関連、またその色使いについてもとても興味深い内容となっています。

 余談ですが、ビアトリクス・ポターの作品に登場するコマドリの使い方については、「絵本の魅力 ビュイックからセンダックまで」吉田新一(著)日本エディータースクール出版部(刊)1984年の、ビアトリクス・ポターの章にも掲載されています。コマドリは、物語の大切な一部をなしているという事実を、他の例をあげて解説されていて、こちらも大変興味深い内容です。

 今回の展覧会は、ラファエル前派としてあまりにも有名なミレイに、作品はその部分だけでなく、最新の研究結果をもとに新たなミレイ像として、英国のテート・ブリテンはもとより、所蔵している他の美術館や、個人所蔵のものまで多くの方々の協力のもとに実現したそうです。

 主催者であるテート・ブリテン館長のスティーヴン・デュカー氏のメッセージによりますと、「本展により、感情のもつ偉大な力と人間の繊細な心理を描き出す画家としてのミレイが明らかにされています(一部抜粋)」とあるように、第7章からなるその構成は、時代と共にミレイの様々な作品を鑑賞することができました。

 特に、第5章のファンシー・ピクチャーは、その歴史は18世紀に登場した風俗画のひとつで、語られる内容よりも情緒的なものを重視するものでした。しかし、ミレイはそれらを高尚なものにしようと、8人いる子供たちをモデルに、「自然の移ろいやすさを静観する哲学者のようなポーズをとらせたりして、またデザインも広く受け入れられるよう親しみやすい表現としたため、これらのファンシー・ピクチャーは大人気を博し、ミレイの名を世に広めたのです。

 これらファンシー・ピクチャーの内、「For the Squire(旦那様宛の手紙)」は、そのドレスの模様がなんとも素敵で、見入ってしまった作品のひとつでしたが、図録(P129)を見るとこの作品の完成年度についての記述のところで、「友人のルパート・ポター〈ビアトリクス・ポターの父)が撮影した写真を見ると、、、」と、ここで初めて図録にもルパート・ポターと、ビアトリクス・ポターの名前が登場してきます。

 そう、ビアトリクス・ポターが何故ミレイの作品を見たのか、もちろんビアトリクス・ポター<1866年生まれ)が生後まもなくして既にミレイは有名な画家でしたから、どこかで目にしてもおかしくありません。しかし、関係はそれだけではなかったのです。父、ルパート・ポターは、ミレイの友人であり、また写真撮影が趣味だったルパート・ポターはミレイのためにモデルの撮影もおこなっていました。

 ミレイ展の出口付近に飾られている「アトリエにいるミレイ」の写真を見ますと、右端の一番下の方に撮影者ルパート・ポターとあります。図録(P185)には、ルパート・ポター本人が写っている写真も掲載されています。写真には、ダルギーズにて1877年とありますが、ミレイはスコットランドの風景を好み、1870年頃から毎年のように休暇で訪れていました。一方、ルパート・ポター家は、1871年よりスコットランドのダンケルドにあるダルガイズ荘(Dalguise House)を10年間毎年夏から秋の住居として過ごし、ミレイは妻のエフィーと共にダルガイズ荘の常連でした。

 ダルガイズ荘の脇を流れるテイ川は、キングサーモンが釣れる良い漁場であり、釣りが大好きなルパート・ポターはミレイら友人をともなって釣りに興じたエピソードなどは、ビアトリクス・ポターの伝記を読むと必ずでてきます。このような交流からルパート・ポターとミレイは友情をはぐくみ、ミレイが作品を創作する過程において協力を惜しまない、素晴らしいタッグを組むこととなったのでしょう。

 例えば、有名なエピソードとして、1885年11月15日のビアトリクスの日記には、その日の晩遅くにルパート・ポターのもとを訪れたミレイの会話が書き記されていました。

 「'I just want you to photograph that little boy of Effie's.
 今度はエフィーの子供を写真に撮ってもらいたい。

 I've got him you know, he's (cocking up his chin at the ceiling), he's like this, with a bowl and soap suds and all that, a pine, it's called A Child's World, he's looking up, and there's a beautiful soap bubble; I can't paint you know, not a bit, (with his head on one side and his eyes twinkling) not a bit!

 君は知っているだろうか(天井にあごを向け)、子供たちの間で行われてるボールに石鹸で泡立て松の枝でこのようにしてと見上げると、そこには美しいシャボン玉があるという訳さ。君が知ってるかどうかわからんが、(頭を正面に向け、片側を向けたその目は輝きを増し)知らなくてもかまわんが。


 このようにして誕生した作品が「Bubbles(シャボン玉)1886年」で、ミレイの孫、ウィリアム・ジェームズが描かれ、のちにベアーズ石鹸の広告として有名になった作品です。このエピソードからも、ミレイにとって、ルパート・ポターの撮影技術はもちろんのこと、全幅の信頼を寄せていたということになるのではないでしょうか。

 ビアトリクス・ポターは、父に連れられミレイのアトリエ(パレス・ゲート2番地)に招かれ、ミレイが作品を仕上げていく過程を何度もつぶさに観察しました。そして、ミレイから様々なことを吸収したのは間違いのない事実なのです。また、ビアトリクス・ポターは、ミレイが自分の作品に対する感想を述べてくれたその言葉を生涯の励みにしていたようです。

 1896年8月13日 ミレイ氏が亡くなった日に書かれた日記より

 「He gave me the kindest encouragement with my drawings ( to be sure he did to everybody!), vide, a visit he paid to an awful country Exhibition at Perth, in the shop of Stewart the frame maker (who invited him), but he really paid me a compliment for he said that 'plenty of people can draw, but you and my son John have observation'.

 私が描き続けることを、とても親切に励ましてくれました。(確かに彼は誰にでもそうだったかもしれません!)確かに、パースの額装専門のスチュアート(彼を招待したのは誰だったか)の店で、信じられないような田舎の展覧会に訪問し彼が支払ってくれたのですが、本当にその時ミラー氏が私を褒めてくれたことは、「絵が描ける人は多いが、きみと私の息子ジョンには観察眼がある」と。


 *ジョン・ギル・ミレイ(1865-1931) ミレイの8人の子供の内、7番目に生まれた息子

 最後に、ビアトリクス・ポターが1886年3月7日の時点で、ミレイの作品のタイトルをあげ、彼女なりの感想を書き記すほど気になった作品だったようです。これら作品の内、「オフィーリア」、「救助」「マリアナ」の3作品は、ミレイ展にてご覧いただけます。また、図録には以下の作品すべて掲載されています。

 1886年3月7日 ビアトリクス・ポターの日記より

 「Now to take the pictures more particularly - My first favourites are Ophelia, Ferdinand and Ariel, The Rescue, Mariana, and Isabella ant The Huguenot.

 現時点でより具体的に作品をとりあげると、私の一番のお気に入り「オフィーリア」と、「エーリエルに誘惑されるフェルディナンド」「救助」「マリアナ」「イザベラ」「ユグノー(サン・パルテルミ祭の日に、ローマン・カトリック教徒を装って身を守ることを拒絶するあるユグノー教徒)」


 *日本語作品タイトル名は、図録を参照

 日本で現在開催されているミレイ展は、ミレイの作品が大好きな方はもちろんのこと、ビアトリクス・ポターファンにとっても関係の深い大変興味深い展覧会です。どうぞ機会がございましたら、ぜひご覧ください。(2008年10月26日まで)

 
 本文中に何度か登場した図録の表紙(203ページのボリューム)です。
 ミレイ展の出口売店で購入できます。2500円
 また、関連サイトの渋谷Bunkamuraサイト内にある「ジョン・エヴァレット・ミレイ特集ページ」のグッズコーナーより、会場に行けなくても図録が購入できる方法が掲載されていました。

 それから、本文中取り上げたビアトリクス・ポターの日記は、こちらです。
著書名:「The Journal  of Beatrix Potter from 1881 to 1897」
Leslie Linder/著 Frederick Warne/刊 1966年

ビアトリクス・ポターは、15歳から30歳過ぎまで、自分にしかわからない暗号で日常を日記につづっていました。ビアトリクス・ポターの死後、この日記は発見されましたが、その内容の解読にはいたりませんでした。レズリー・リンダー氏は、これら暗号を根気よく研究し、ついに解読にいたり「ビアトリクス・ポターの日記」として刊行されました。

Contents
・Family Trees
・An Appreciation
・The COde-Writing
・Memories of Camfield Place
・'KEP'. A fragment written in Sawrey
・Index

日記の全文はもとより、暗号の解読方法まで、ビアトリクス・ポターが成長期にどのようなことに刺激を受け、またどう思ったかなど、その感情を知ることのできる貴重な書籍です。

和訳なし。

(2008.9.23 レポート 作成: ラピータ ラピータの部屋コンテンツ)

関連サイト:
渋谷Bunkamura(会場)
渋谷Bunkamura ザ・ミュージアム 展覧会情報 ジョン・エヴァレット・ミレイ展 特集ページ
テートブリテン(主催)
朝日新聞(主催)

National Portrait Galleryにて、ルパート・ポターが撮影した写真の内、館所蔵のリスト
http://www.npg.org.uk/live/search/person.asp?LinkID=mp14019&role=art


ネットで見る関連記事:

・UK-Japan2008

・弐代目・青い日記帳 http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1497

大変勉強になった関連記事:

・カイエ
 過去記事紹介の内、【ジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア」】を参照ください。
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